2021年6月25日

25年目を迎えたオイスカミャンマー事業 その1

  • 本部スタッフ
  • 本部・海外事業部の藤井です。

    ミャンマーの情勢は不安定な状態が続いていますが、先日、現地の2つの研修センターの現状をご紹介をしました。(便り①便り②便り③便り④

    今回は、今年25年の節目を迎えるミャンマー事業について、25年前の研修センター設立準備の頃の様子を、当時の懐かしい写真を元に2回に分けて振り返ります。

    1996年、オイスカがミャンマーで活動を始めた中央乾燥地域の様子

    研修センターを設立することになった場所は、見渡す限りの赤茶けた大地が広がる場所でした。

    1996年、オイスカが活動を始めた土地の測量をするオイスカの駐在員

    現地に派遣された日本人開発団員(当時の呼称、以下団員)が測量をしています。

    1996年、オイスカがミャンマーで活動を始めた土地の整地を行うミャンマーの労働者

    センター設立の場所は凸凹の場所で、最初は土地の整備作業から始めました。

    作業には現地の人を雇用し人力で行いました。

    1996年、オイスカがミャンマーで建設を始めた研修センターで働く日本人駐在員

    日本から派遣された団員(大工)も、ミャンマーの硬い材木の加工には苦労しました。

    1996年、オイスカがミャンマーで建設をしている研修センターの様子

    日本人の団員(大工)が現地の大工に指導をしながら、一緒にセンター内の建物を建てていきました。

    1996年、オイスカがミャンマーで研修センターを建設している様子

    後ろに見えるのはミャンマー国内でどこでも見られるパゴダ(仏塔)。

    センターの農場近くでの作業の様子。

    1996年、オイスカがミャンマーで建設している研修センター農場の灌漑水路

    当時、ミャンマー国内で珍しかった一般の農場用の灌漑水路(センター農場内)の建設の様子。

    1996年、オイスカが建設している研修センターの前に現地の人々が植林をしている

    センター前の道路脇にもほぼ樹木(緑)はなかったので、近隣の村人と共に植林をしました。

    1996年、ミャンマーで研修センター建設途中の村人の様子

    作業中の休みの一コマ。

    現地女性はロンジー(腰巻きスカート)に日焼け止めのタナカを顔に塗っています。

    1996年、オイスカの駐在員と現地のミャンマー人は共に目標に向かって働いた

    日本人団員も現地の人達と一緒に汗を流し、センター設立という同じ目標に向かって邁進しました。

    1996年、オイスカが建設を始めた研修センターではミャンー人と共に働いた

     

    作業終了後、日本人(肩の上で笑っている)団員とミャンマー人の交流の一コマ。

    次回も、研修センター設立準備の頃の様子をご紹介します。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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