2020年9月18日

海外だより オイスカ総裁へ感謝を込めて―バングラデシュ、ミャンマー

  • 海外スタッフ
  • ミャンマー駐在代表の小杉辰雄さんが、バングラデシュとミャンマーからのレポートをまとめてくださいました。

     

    バングラデシュ

    バングラデシュでは、9月12日、総裁のお別れ会がセンターで執り行われました。
     当日は総局メンバーやOISCA-OB・OG、スタッフで執り行われ、お別れの挨拶では、長年オイスカ総局会長職を歴任され、現在も中心的な存在の顧問・ベナジール氏が代表して行われました。
     ベナジール氏を、総裁は自らの息子と呼ばれ、本人自らも総裁の息子と公言、オイスカ活動を現在まで牽引され、その良き関係を保ち築かれてきました。
     ベナジール氏は、国内でも名の知れたブランド衣料会社経営の事業家であり、また、最大の学生数を誇る私立大学の理事長として、そして、社会貢献活動として、オイスカは勿論、ライオンズマンとして、国内外を飛び回り、広く活躍されている人物であります。
     

    1971年のバングラデシュは、独立したばかりで最貧国に数えられ、オイスカでは、その3年後の1974年から、最初の研修生の受け入れが始まり、最初、中部センターで2年間の指導を受け研修生は、帰国した自国との格差を目にした時に、国造りの為には、研修センターが必要と熱望、それに愛知県の有志が応える形で、1981年、ダッカ郊外、当時、未だ田畑が広がる田舎に現在の研修センターが開設されました。

     

    その後にも、日(JICA)・バ両国政府、オイスカの3者協力により、イスラム社会の中で、社会への進出がタブー視され、自立機会が少ない婦人たちの為に、農業研修を目的にした婦人研修センターが設立されました。婦人の社会進出への第一歩が記されました。 センターは今では、政府に移管されましたが、現在でも、常時、60~70名が、研修の機会を得、マッシュルーム栽培やパン・ケーキなどの料理、縫製などを学び、社会進出への足掛かりとしております。このセンターを第一号として、今では全国、30数箇所に拡大され、パソコン、美容など、多岐にわたる研修が行われるようになり、オイスカはその礎を築きました。

     この様に、バングラデシュは総裁との共の歩みでありました。

    無題1無題

    あ ああ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    ミャンマー

    ミャンマーに於いても、16日の朝、両センタースタッフ一同でお別れ会を開き、
    総裁への感謝と御霊のご平安を皆でお祈り致しました。

    アウンサンスーチー国家最高顧問表敬
    アウンサンスーチー国家最高顧問表敬
    2016年10月 第2センター開所式来緬/マンゴの記念植樹
    2016年10月 第2センター開所式来緬/マンゴの記念植樹

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    12

     

     

     

     

     

     

    1212 1

    この投稿へのトラックバック:

    アーカイブ